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1月25日 家に帰る、再開
凡そ一週間入院し、このページを更新する作業をしている。一年ほど前赤城山で転倒し足を骨折した。そして二か月半ほどの入院生活を送り、今回最後の
手術を終え今日退院した。本当の回復は今日より始まる。足の骨を固定していた金属板を今回取り外したのだから、やっとナチュラルな体に戻ったと
認識している。手術で体に埋め込まれていた金属板はもう二度と失敗しない戒めとするため病院よりいただいてきた。時々これを手に取り、体力増進に
励みたいと思う。
P.S 1・29 抜糸完了。骨折に伴う治療はこれで全て完了とのこと。家族を含め多くの人に迷惑をかけて申し訳なく思う、大いに反省したい。
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我が家の小顔の猫
1月17日 家に籠る、これが社会貢献
私たちにできることがあるだけ良い、それが家に籠ることだって。私は実に臆病な人間で今は人と接することがとにかく怖い。知人の葬儀があると連絡が
あるが、クラスターの源になる抽象的危険性をはらんでいるようで欠席としよう。香典は出席してくださる方にお願いした。義理を欠くが
きっと笑って川を渡るだろう。
1月1日 元旦
Covid-19が私たちの身近にも迫ってきたように思う。手洗いにマスク装着と言った事は励行できる。問題なのは人との接触を極力少なくすることである。昨年の
骨折の治療で埋め込んだ金属板をそろそろ取り除く手術が始まる。この時はどうしても入院だ。病院は危険性が高い場所と観念する。なるべくここでの生活は
短くしたほうが賢明と考える。
そのほかのことではできうる限り密を避け、接触時もできうる限り緻密に行動しようと思う。
初冬の西上州
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長野氏 箕輪城址
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鷺宮咲前神社
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妙義山
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中之嶽神社
2021ーーーー2020
12月15日 密を避け西上州散策
いよいよ寒波到来
上野長野氏の本拠地箕郷箕輪城址は以前とは異なりすごく整備されている。外堀、内堀、本丸、二の丸そして三の丸とその威容が偲ばれる。本姓が在原氏であることや
山之内上杉氏の有力家臣であったとは知らなかった。歴史上のちょっとした豆知識で何となく親近感がわく。栞は呑気だから光源氏の末裔であることさえ知らない。
鷺宮咲前神社は以前にお会いしたことのある宮司さんで、神社の運営に非常に卓越されていると中之嶽神社の宮司さんがお話されているのを聞いたことが有る。
それでこの二つの神社を今回は訪問したくなった。そんなこんなで、参拝してみました。
西上州散策-目次
12月3日 初冬
65歳以上の高齢者と基礎疾患のある人に自粛が呼びかけられている。でも初冬の山々の間をたまには車を走らせたいと思う。食料持参で他人と接触をしないようにして
どこかふらっと出かけることは許されると考える。事故でも起こしたら医療機関を煩わすことになるので当然安全運転は留意すべきだろう。
自由を求める私の精神(所詮これは煩悩?)が私の感性に泣きつく。さてさて、、、、。
11月10日 薬師様祭典
COVID-19の蔓延により例年執り行われていた金蔵寺薬師様祭典は内々で行われた。金蔵寺住職の読経が寒空にこだまする。
続き、、、
11月1日 今年は早めに冬支度
数日前にこたつを準備したのだが、早速我が家の猫君が潜り込んでいる。こたつの中に全身入り込むのはさすが暑いと見え、おしりはこたつの中で上半身は
外に出している。こたつのスイッチが切れた夜間は全身こたつに入り、毛布にくるまっている。もう、夜は相当冷えるのだろう。
10月28日 秋風に誘われて
秋風に誘われて、紅葉の照葉峡に行く。今年の夏に坤六峠を越えやはり照葉峡をドライブした。休日を避け平日の紅葉狩りなのだが
やはりと言うべきだろう、とにかく混雑する。坤六峠から照葉峡へは舗装はされているが視界が悪い山道のカーブの連続だ。対向車と隘路のような場所で
たびたび遭遇するので徐行運転を繰り返しながら進む。カメラ片手の暇を持て余している老人夫妻とよくすれ違う。
悲しいかなこの国はどうやら老人だらけの国の様相をていしている。その主要メンバーなんだと思うと複雑な心境だ。
続き、、、
10月9日 五千尺のライブカメラは素敵だ
西川家の家族旅行なのだろうか、上高地の河童橋から電話あり。生憎の天気なのだけれど岳沢をバックに河童橋は懐かしい風景だ。
元気そうで何よりと
思う。できるならば元気なお母さんも拝顔したいとなるのだが、映っているとなると気が引けるのも無理からぬと考える。何はともあれ、
五千尺のライブカメラは素敵だ。

浅間山

金蔵寺

照葉狭
8月17日 玉原高原のラベンダー
富良野もよかったが玉原高原のラベンダーも麗しい、次回は暖かい珈琲も一緒に味わいたいものだ。
玉原高原(ラベンダー)散策(20/8/17)
7月16日 猫が朝から行方不明です
この事態に私たちは近所を散歩しながら、我が家の猫を探しています。悪い猫に暴行、威迫、脅迫されていないか、あるいは追いつめられ
自ら遠くに行かざるを得ない状況におかれ家に帰って来られないと、心配の種は尽きない。以前にこのページで書いたように、とにかく弱い猫なのだ。
他の猫と比べると自ら生きる力が貧そうに思う。以前に家出をしたことが有ると聞く。何でもその時はに三日帰ってこなかったという。今回もそうあってくれたらと
考えている。朝からですからね、、、。
新型コロナの感染が懸念される今現在、猫とて不要不急の外出はもってのことだと我が家の猫は認識していない。不良猫め、とにかく無事であればと祈っている。
(10時の門限前に戻ってきました。)
7月7日 今日は七夕
織女と牽牛の一年に一度のデートの日だ。天も無粋なもので九州は大雨ときている。吉日の逢瀬といって波瀾万丈が世の常なのかもしれない。
それにしても、14.4光年の時空をいともたやすく移動する愛の強さを羨ましく思う。
7月4日 坤六峠より照葉峡
秋の紅葉もよいけれど夏場の坤六峠より
照葉峡も魅力ある景色に満ちている。
6月30日 三国峠
いつになったら赤谷湖を越え三国峠に立てるのだろうか。
6月28日 榛名神社へ
久しぶりに榛名山(榛名湖)を通り榛名神社へ行ってきました。
ちょっとした登りの参道はとても心地よい。
榛名神社(その2)
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6月26日 我が家の猫
私の家系は元来、小顔でほっそりした穏やかな顔立ちである。猫とて私の家に棲む限り例外は許されない。こう書いてくるとお気づきの方も
いらしゃる通り猫としては、すこぶる弱いということだ。
家の外に出れば他の猫に敵わない、脅かされて逃げ帰るのみである。自分の縄張りなどない、とても弱い猫なのだ。
今日は私がうっかりして縁側の戸を開けたままにしてしまい、野良猫を家の中に入れてしまった。僅かな時間なのだが、家の猫の様子がおかしいので私たちも気が付いた。
すぐに野良猫を家の外に追い出したのだが、家の猫には可哀そうなことをしてしまった。
これから暑い夏の季節だ、涼しい外の空気もたまにはと思うけれど叶わぬ夢となる。ドヤ顔であったらと、哀しく思う。
6月23日 山へ
山に行きたい、そんなことばかり思う。足の骨折以来、家庭内での私の立ち位置はすこぶる低下している。嫁、子供、猫そして私というのがどうやら
我が家の序列と思われる。骨折以前は私は超然としていた、それが卑しい生まれかもしれない猫以下とは情けない。
猫のご機嫌取りに猫が気持ちよい仕草、例のゴロゴロとするまで全身マッサージを施す。おまけに猫の腹までなでるサービスをする。こんな生活はウンザリだ。
山行という崇高な営みを家族に知らしめ、精神世界の自由を謳歌したい。先ずは猫の足を引っ張り、子供を越え、そして嫁の太っ腹を利用して以前のように、
極楽とんぼになる。これが当面の目標だ。
6月22日 八ッ場ダム
紆余曲折のうえダムは満面の水をため込んでいます。
長野原、草津温泉、六合村とちょっとドライブしました。
6月12日 谷川岳散策
リハビリを兼ねて谷川岳ロープウェイ駅より一の倉沢散策に行く。土合駅を少し行ったところに谷川岳の慰霊碑がありそこに
車を止め、谷川岳一の倉沢へむけて森林浴とす。
谷沿いのブナの自然林はすこぶる気持ちが良い。ほど良い登りの車道は足の鍛錬にもってこいの
環境に思える。
マチガ沢のビーナスは逆光でレンズが合わない。散策道から見上げるマチガ沢や一の倉沢は凄い迫力なのだが写真だとこじんまりとしている。
5月23日 長い間、道草を食った。
骨折をして思う、「長い間、道草を食った」と。
5月21日 体力の減退が甚だしい。
毎日散歩をしているがなかなか体力が戻らない。骨折箇所の周辺部分を何とかしようと鍛えているのだがうまくいかない。
長い平坦な道を長時間歩くのが希望なのだがそういう状況をなかなか作れない。
仕事が忙しいのもあるがそればかりでない。近所の目、他人の目をどうしても気にしてしまう。
4月5日 腹をくくる。
何とか新型コロナウイルスの蔓延がないようにと願っていたが、どうやららそれは無理なような報道が続く。東京での新たな感染者が三桁とはいよいよ
危険ラインを越えてしまったように思える。役所や政府と言う考えもあるかもしれないが、他力本願は止め自分で何とかしようと思う。自分にできることを
徹底的にやる、腹をくくっていくしかないと思う。
3月20日 リンゴの花の咲くころに
リンゴの花の咲くころに北アルプスなんて素敵だ。南は常念から北は白馬あたりまでまったりとドライブでもしたいものだ。車の余り通らない野辺に、
それはどこでもよいのだが、そっと車を止める。リンゴの木と山並みが見える場所でトカゲを決め込みたい。トカゲなのだからなるべく動かないで
過ごすことが良い。人に見られ、不審者に見られようが構わない。リンゴの花と北アルプスと思うのだが、今年の景色はどうだろうかと心配だ。
山並みに映える雪が必須条件なんだけれど、なにせ雪が少ないと聞いている。
喜作新道で知られる山案内人小林喜作は堀金村の出だ。私の長女もこちらに嫁いだ。私の趣味を踏まえ、夫君に色々この辺の事情を聴いてもらいたいものだ。
私のことであれこれ心配をかけ、その上無心するのは心苦しいのだが、5月の安曇野はきっと感じがいいと、そんな気がする。
3月11日 小規模の寄り合いですが
新型コロナウイルスの蔓延を考えると中止もやむを得ないと思う。毎年、恒例のように
十数人が集い何かやのことを決めたり、あるいは儀式めいた事柄をたんたんと行う、
仲の良い集団の打ち上げめいた事など様々だ。
まるで、人が会うこと自体が「濃厚接触」なんて馬鹿げている。でも、そんな地道な
行動の積み重ねが対策でしかないこのウイルスの恐ろしさを改めて思う。
2月24日 危機管理能力が問われている
新型コロナウイルスで今度こそ、政府の危機管理能力が問われることになる。後手後手に回りどうも評判が宜しくない
日本政府だが、明日公表されるであろうロードマップで起死回生の一手があると期待したい。国民の生命、財産が危機に瀕するのは戦時ばかり
とは限らない。今まさに国難であり、正念場だということを自覚し、はぐらかさず対応願いたい。
前例踏襲、難問先送り政策は今回ばかりは止めた方がよいと考える。
2月20日 社会の変わり目かも
新型コロナウイルスで世界経済が右往左往するようであるが、社会が変化を望み寧ろこのウイルスを
待っていたかのようなそんな印象を私は持つ。帝国主義の覇権争いなのだろうが、以前のような生身では格好がつかないと見え
大義名分を求め世界がうごめいている。世界経済の閉塞感の中を新型コロナウイルスが好き勝手に振舞っているようなそんな
印象なのだ。国会内の桃色談義だけでなく、地球上何でもありの情況と見える。とにかく、目を凝らしていたい。
2月12日 自分がYouTubeに
路上で119番通報しているときに、その場をたまたま通りかかったユーチューバーのK氏に助けられた。
その一部始終が--道路で転んで助けられる様子が--動画になっているとは知らなかった。動画で見るとそれほどでもないが、
怪我を負っている当人はそれは大変だった。動画には映っていないK氏の尽力にただただ頭が下がる。
この動画をこのページで紹介したいのだが、如何せん私がみっともなく哀れで、しかも恰好悪いときているので、無かったことにするのが
男の矜持と考えるがいかがでしょうか。妻子から、知人から明らかに馬鹿にされているのでそのようにしたいと思う。
(とんま天狗、かく語りき)
2月6日 窓越しに見えるもの
窓ガラスに缶コーヒー立てかける。日差しが強いので飲み頃の暖かさだ。
外はきっと寒いのだろう。暖冬とは言え今日は寒いと言う。部屋の中で呑気に私はいるが、私以外の人は
皆一様に忙しいのだ。ぼんやりと、所在なさそうに漂う浮雲、思惟すらできまいに今日は何しにいるのだ。
1月28日 情報操作しているのでは
できるだけ中国支援を
新型コロナウイルスによる肺炎は報道されているより状況がひどいように思われる。
中国政府による情報操作を考慮しないと説明がつかないことがある。そうであるなら、
できるだけ中国支援を呼びかけねばならない事態と言わざるを得ない 。
新型コロナウイルスの封じ込めはもはや、全世界的問題なのだろう。
2020ーーーー2019
12月31日 大晦日-初詣
金井八坂神社
31日午後十時頃より金井八坂神社に詰め、初詣に備える。氏子さんが参内するので甘酒を振舞ったり、神社内のお焚き上げの手伝いが主な仕事と思う。
私は元旦の昼間にお参りしていたので、今回のような夜半の初詣は初めてである。
12月16日 もつ煮寿司? 雷亭
いやはや、流石、浅田氏
テレビ朝日の番組で金井地区が映し出されている。高橋尚子(Qちゃゃん)や長嶋一茂等一行が金蔵寺からリンゴ団地方面に向かい寿司屋を探す趣向なのだが、
途中の雷亭で確か一茂が店主(浅田氏)に寿司はあるかと尋ねる。旨いと評判の腕に覚えありの浅田氏もこれには困ったと思う。なぜなら、もつ煮は得意なのだが
寿司までは握っていない。一茂に即答で言う、「もつ煮寿司ならできます」と。「いやはや、流石、浅田氏」とこの珍妙な返答に私は驚き、ひっくり返った。
半ば呆れ、笑いを誘うこの返答は並の人ではできない。しかもテレビカメラの前でしゃっしゃっと宣う。浅田氏を知っている私はテレビ画面の前で思わず、腹を抱え
大きく笑ってしまった。
残念ながら金蔵寺は映ったが、住職の姿は見えなかった。それと寿司職人の〇〇君、立派になったなぁ。
12月13日
暖かい冬だ
たまには寒い日もあるがとにかく暖かい冬だ。例年だと赤城山と子持山の間を縫って、連日空っ風が吹き下ろすのだが今年は妙に大人しい。
北風も肌を刺すように自身の存在感を際立たせるそぶりを見せる。進行方向が北向きだと、体が押し戻されないように身を屈めて歩くのがこの季節の
習わしでさえあった。それがどうだ、夕方になっても手が悴む事などない。赤城山も白い帽子を被らないで、赤ら顔のままである。
12月7日
出家すべきか
お寺の役員の先輩が「そろそろ出家したほうが良い」と誘う。神仏習合で行者のような生活も様になっている。
形ばかりの出家よりまだまだ山谷を駆け巡り、いろんなことを想いたい。それに観世音菩薩にもすでにお会いしたこともあると、
私は勝手に思っている。
12月1日
ようやく朝晩が冷える
渋川から北の方角を見る。子持山と小野子山の鞍部に中山峠がある。その峠の上に谷川岳が全身真っ白で、
まるで座っているようにある。
子持山の右隣りには武尊山が縞模様に見える。こちらは谷川岳ほど雪に埋もれていない。
東側の赤城山の雪は、といっても山頂部だけなのだが、溶けてしまったのか 白くは見えない。
西に視点をずらし、榛名山を見るがこちらは雪の気配はない。いずれにしてもこのあたり、もう冬なのだ。
11月23日
忘年会がそろそろ
神輿保存会の忘年会が今夜あった。
いよいよ、忘年会の季節到来だ。本当は酒も飲みたいのだが、
警察に面倒をかけても悪いし(飲酒運転は論外)、胃が弱いこともあり、翌日が大変なので
遠慮した。さァ、これからどう乗り切るか。でも、楽しかった。
10月24日
瑞宝双光章
秋の叙勲だが、私の知り合いから2名が受賞される。「公共的な業務に多年尽くしたと認められる功労者に与えられる。」とのことだ。
ひとりは金井南町自治会長の手塚氏、もうひとりは姉の嫁ぎ先のお兄さんだ。消防と警察での功績と思われる。心より、おめでとうございます。
11月10日
脚気薬師如来祭典
金蔵寺恒例脚気薬師如来祭典です。ゆったりとしたお経が青空に溶け込むように流れ祭典は始まった。
即位の祝賀パレード、今日は祝いたい。
10月26日
父親の一年忌
19号の後の大雨だ、被災者の辛苦を思うと言葉が浮かばない。浜松の西川夫妻、
木更津から駆けつけてくれた姪に感謝したい。金蔵寺には今回も感謝。
10月11日
台風19号の備え
ガラスは強風に弱いので天戸を閉めた。庭の風に飛ばされやすいものは撤去し、車も物陰に避難させた。
ビニールハウスはかまぼこ状に全部閉めた。考えられる作業は終えた。田畑はいかんともしがたい。
925hpa、すごいなぁ、あとは天に祈るのみ。
蓼科山と白樺湖
長野県伊那谷経由で浜松に向かう。駒ヶ根から見える宝剣岳や千畳敷カールそれに木曽駒が昔の記憶を呼び起こす。
帰りは北八ヶ岳からビーナスラインを通り、鳥居峠を越えた。
9月21日
25日から26日にかけて浜松に行こうと思う。子供がそろそろ転勤で他に移動になるのでその前にその周辺を
観光しようと思う。(9/27 pm3:20帰宅)
9月20日
来月下旬でいよいよ親父の一年忌だ。親戚は呼ばずに兄姉、子、孫だけで法事を済まそうと思う。
昨日、税理士より電話あり。相続税猶予のため土地に税務署が職権で担保権設定するのだが、承諾書に実印が必要なので
押印してほしとのこと。これで最後ですとの連絡が嬉しい。
9月15日
親父が昨年逝ったので、家の管理全部私がすることになった。そして家屋敷及び土地(農地と山林)およそ1.5町歩ある。
ここしばらくは荒れた土地の木の伐採をしなければならない。